年間第21土曜、神の選び、一コリ1・26-31 ― 2008年08月29日
パウロは、神の選びは、知恵のある者ではなく、無学で無力な卑賤な者にあることを力説します。
◆神の選び、一コリ1・26-31
1:26 兄弟たち、あなたがたが召されたときのことを、思い起こしてみなさい。人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく、能力のある者や、家柄のよい者が多かったわけでもありません。
1:27 ところが、神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました。
1:28 また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。
1:29 それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです。
1:30 神によってあなたがたはキリスト・イエスに結ばれ、このキリストは、わたしたちにとって神の知恵となり、義と聖と贖いとなられたのです。
1:31 「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりになるためです。
※ この神の選びは、「知恵ある者に恥をかかせるため、1・27」、また「神の前で誇ることのないように、1・29」、させるためであると、パウロは言います。
この神の選びは、ヤーウェの神の特徴です。申命記でも、言われていることなのです。
申命記7・7「主が心引かれたあなたたちを選ばれたのは、あなたたちが他のどの民よりも数が多かったからではない。あなたたちは他のどの民よりも貧弱であった。」と。
キリスト教も、元来は弱者の宗教であって、決して権力者や権威者のものではなかったのです。
コメント
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://elemiya.asablo.jp/blog/2008/08/29/3717159/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。